アスリートのリカバリーを考える上で、睡眠は必要不可欠な要素です。
一方で、忙しいアスリートはついつい睡眠時間が短くなってしまう傾向にあります。
今回は、アスリートの睡眠を考える上で最初に問題にすべき、「睡眠不足がアスリートのパフォーマンスにもたらす影響」について考えたいと思います。
【今回の目標】
・リカバリーの観点から、睡眠の重要性を理解できる
・睡眠不足がアスリートに与える影響を把握できる
前座〜平均睡眠時間と死亡率はどのような関係があるか〜
多くの研究で、睡眠時間は長すぎても短すぎても何らかの原因による死亡リスクが高まるとされています。
例えばYin et al (2017)では、一日の平均睡眠時間と全死因死亡率・心血管疾患(CVD)/冠動脈疾患(CHD)イベント件数・脳卒中発生件数などの関係がプロットされており、次のようなグラフになったことを示しています。

このグラフでは平均7時間におけるリスクを1として、各睡眠時間におけるイベントの相対リスクが示されています。
このグラフからは、睡眠時間と各イベントのリスクは7時間を基準におよそU字型の曲線をたどることから、睡眠時間は短すぎても長すぎても良くないということがわかります。
また、もう少し人種などを考慮して、東アジア(中国・韓国・日本)に対象を絞ってみても、ほぼ同じような結果をたどるとされています(Svensson, Saito, et al., 2021)。しかし、ここで特記すべきは男性と女性ではわずかにその傾向が異なるという点になります。
日本人を対象とした研究としてはSvensson, Inoue. et al. (2021)があります。ここでもリスク比の推移は同じように逆U字をとることが示されています。
アスリートとリカバリー、そして睡眠の関係
ここからはアスリートに焦点を当てて考えていきます。
とはいっても、まずはリカバリーについてその大枠を理解する必要があるため、ここではその話をしていこうと思います。
リカバリーとは何か?:シザーズモデルの観点から
Kellmann et al. (2018)では、リカバリーは現在非常に広い意味で使われるとしつつ、そこには主に
①生理的回復=regeneration
②心理的回復=psychological recovery
の2つの戦略が含まれると指摘されています。
疲労とリカバリーは連続的なものであり、これらは生理的・心理的要因によって影響を受けます。
これを理解する上では、Kellmannによるシザーズモデルscissors modelを考えるのがわかりやすいかと思います。

このモデルにおける四角の記号はストレスを、丸記号はリカバリー需要を指し、それぞれ記号が大きいほどその程度が大きくなることを意味します。
ここからは、次のような重要な視点を見出すことが出来ます。
特に以下の【定式4】はリカバリーの重要性を説く上で最も重要な考え方だと(個人的には)考えます。
【定式1】
ストレスが大きくなればなるほど、要求されるリカバリーも大きくなる。
【定式2】
個人が耐容できるストレスには限界があり、そして可能なリカバリーにも限界がある。
【定式3】
定式1と2から、大きすぎるストレスを与えるとリカバリーが追いつかなくなり、非機能的なオーバーリーチングやオーバートレーニング症候群を誘発するリスクにつながる。
★【定式4】
耐容できるストレスかそれよりもわずかに大きなストレスであれば、それをカバーするようなリカバリーを行うことで機能的なオーバーリーチングがもたらされ、良いトレーニング適応をもたらす。
一方、ここで適切なリカバリーがもたらされなければ、非機能的なオーバーリーチングにいたる。
この話はトレーニングの適応理論である「フィットネス-疲労理論」にもつながる考え方になります。
(今回はこの理論については扱いません)
睡眠はリカバリーの一手段、しかしその重要性は特に高い
昨今、アスリートの(に限らず一般人も)リカバリーについて、そのメソッドは溢れています。
マッサージガン、コンプレッションウェア、サプリメントなどなど、調べれば調べるほど「良さそうな」手段が見つかりますね。
今回取り上げる睡眠とは、そのリカバリー手段の一つにすぎません。
しかし、その中でも非常に大きな価値を占めているものであることを多くの人が指摘します。
例えば先ほどのKellmannらは、睡眠の意義について次のように記述しています。
In this context, sleep plays an essential role in physiological and psychological recovery, as well as general well-being.
Athletes should understand their sleep needs and should be educated regarding aspects such as sleep hygiene and potential positive effects of sleep extension.この文脈(心理的な異常とアンダーリカバリーの関係)において、睡眠は一般的なウェルビーイングという点のみならず、生理的・心理的なリカバリーにおいて必要不可欠な役割を担っている。
Kellman et al. Recovery and Performance in Sport: Consensus Statement. 2018.
アスリートたちは自身の睡眠に関する理解を深めるとともに、睡眠衛生やより多く睡眠を取ることの潜在的な利点などに関する教育を受けるべきである。
有名なアスリートであれば、例えばラグビー選手の稲垣選手も同じようなことを言っていますね。
「身体を大きくするために必要なことは食事・睡眠・運動だ」と。
睡眠時間はパフォーマンスにどのような影響を与えるか?
アスリートを取り巻く環境と睡眠に関する問題
アスリートは睡眠の量・質ともに問題を抱える傾向が強いことが、種々の研究から明らかになっています。
それは強度の高いトレーニングであったり練習や試合に関するストレス、ライフスタイル、社会的な交流関係など様々な要因から来るものであるほか、競技によってもその原因が異なる可能性が指摘されています(Walsh et al., 2020)。
例えば、脳振盪の既往は睡眠の質やQOLの低下をもたらす可能性があり(Blake et al., 2019)、またアメフトのオフェンシブラインマンのような大きな頸部周径は睡眠時の呼吸障害と関連している可能性があるなど(Peck et al., 2019)、そのアスリートが抱えておりリスクとなり得る因子を考慮しなければなりません。
特に学生アスリートであれば、学業や社会的活動などにも追われる過程で睡眠に関してなおざりになってしまう傾向があるとも指摘されており(Kroshus et al., 2019)、その点でも適切な睡眠衛生と教育が重要になります。
睡眠の問題がアスリートにもたらす負の影響
人間を含めた動物にとって、その量に差はあれど睡眠は必要不可欠な要素であるとされます。
例えば古典的な研究として、Everson et al. (1989)では完全に睡眠を断たれたラットではエネルギー消費量の増大や体重の減少、腎機能の低下といった問題が生じたことが示されています。
これは極端な例ですが、例えば高齢者を対象とした研究では睡眠時間が7時間より短くても長くても認知機能の低下が生じることが示されています(Ma et al., 2020)。
アスリートを対象とした、睡眠の問題とパフォーマンスに関する研究としてはWilkesらによるレビューがあります(Wilkes et al., 2021)。
ここでは、研究間での結果は混在しているものの、例えば学業成績には特に強い負の影響を与える可能性があると指摘されています。
結果の混在は、睡眠の量的な制限プロトコルの違いによって生じている可能性があります。
この視点に立って、Craven et al. (2022)では(非アスリートも含めて)睡眠の不足と身体パフォーマンスの関係についてメタ分析が行われました。

これによると、運動の種類によってその影響に差はあるものの、全体としての影響は起床時間が長くなるにつれて少しずつ(1時間ごとに~0.4%)能力低下が生じる可能性が指摘されています。
ここからは、睡眠不足というよりもむしろ長い間起き続けることによって悪影響が生じると考える方が妥当な可能性が考えられます。
とはいってもあくまでこれは数値的な分析であり、必ずしもこの通りの低下が生じるわけ点には注意する必要があります。
まとめ〜睡眠への意識を高めよう〜
アスリートにおける睡眠の問題は、パフォーマンスの他にもウェルビーイング、トレーニングの適応など様々な点でネガティブな影響をもたらします。
リカバリーについて、細かなポイントや特殊な機器によるアプローチを考慮する前に、まずは誰でも実践出来る睡眠へフォーカスすることが重要になると考えられます。
その際には、睡眠の質を高めるためのアプローチと並行して、睡眠時間を確保(延長)するようなアプローチも重要になります(Bonnar et al., 2018)。
とは言っても、睡眠に対するアプローチには”one-size-fits-all”な(=一つの方法が全ての対象に当てはまるような)メソッドはなく、個別性を考慮したアプローチをとることが必要になります(Walsh et al., 2020)。
指導者はこのような視点に立って、個人個人と綿密にプログラムを立案していくという姿勢を取る必要があると考えます。
今回のトピックに関する書籍メモ
アスリートの睡眠に関するトピックだけを扱った書籍ってあんまり無いですね。
『睡眠医療』という雑誌で一度特集が組まれたことがあるようです。
また、リカバリーという話に関する参考書も多くはないですがいくつかあります。
下記はいずれも読んでみて勉強になりました。
2冊目は今回多く引用したMichael Kellmannによる著書です。
参考文献
- Blake AL, McVicar CL, Retino M, Hall EE, Ketcham CJ. Concussion history influences sleep disturbances, symptoms, and quality of life in collegiate student-athletes. Sleep Health. 2019;5(1):72-77. doi:10.1016/j.sleh.2018.10.011
- Bonnar D, Bartel K, Kakoschke N, Lang C. Sleep Interventions Designed to Improve Athletic Performance and Recovery: A Systematic Review of Current Approaches. Sports Med. 2018;48(3):683-703. doi:10.1007/s40279-017-0832-x
- Craven J, McCartney D, Desbrow B, et al. Effects of Acute Sleep Loss on Physical Performance: A Systematic and Meta-Analytical Review. Sports Med. 2022;52(11):2669-2690. doi:10.1007/s40279-022-01706-y
- Everson CA, Bergmann BM, Rechtschaffen A. Sleep deprivation in the rat: III. Total sleep deprivation. Sleep. 1989;12(1):13-21. doi:10.1093/sleep/12.1.13
- Kallus KW, Kellmann M. Burnout in athletes and coaches. In: YL Hanin, ed. Emotions in sport. Champaign, IL: Human Kinetics, 2000: 209– 230.
- Kellmann M, Bertollo M, Bosquet L, et al. Recovery and Performance in Sport: Consensus Statement. Int J Sports Physiol Perform. 2018;13(2):240-245. doi:10.1123/ijspp.2017-0759
- Kroshus E, Wagner J, Wyrick D, et al. Wake up call for collegiate athlete sleep: narrative review and consensus recommendations from the NCAA Interassociation Task Force on Sleep and Wellness. Br J Sports Med. 2019;53(12):731-736. doi:10.1136/bjsports-2019-100590
- Ma Y, Liang L, Zheng F, Shi L, Zhong B, Xie W. Association Between Sleep Duration and Cognitive Decline. JAMA Netw Open. 2020;3(9):e2013573. Published 2020 Sep 1. doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.13573
- Peck B, Renzi T, Peach H, Gaultney J, Marino JS. Examination of Risk for Sleep-Disordered Breathing Among College Football Players. J Sport Rehabil. 2019;28(2):126-132. doi:10.1123/jsr.2017-0127
- Svensson T, Inoue M, Saito E, et al. The Association Between Habitual Sleep Duration and Mortality According to Sex and Age: The Japan Public Health Center-based Prospective Study. J Epidemiol. 2021;31(2):109-118. doi:10.2188/jea.JE20190210
- Svensson T, Saito E, Svensson AK, et al. Association of Sleep Duration With All- and Major-Cause Mortality Among Adults in Japan, China, Singapore, and Korea. JAMA Netw Open. 2021;4(9):e2122837. Published 2021 Sep 1. doi:10.1001/jamanetworkopen.2021.22837
- Yin J, Jin X, Shan Z, et al. Relationship of Sleep Duration With All-Cause Mortality and Cardiovascular Events: A Systematic Review and Dose-Response Meta-Analysis of Prospective Cohort Studies. J Am Heart Assoc. 2017;6(9):e005947. Published 2017 Sep 9. doi:10.1161/JAHA.117.005947
- Walsh NP, Halson SL, Sargent C, et al. Sleep and the athlete: narrative review and 2021 expert consensus recommendations [published online ahead of print, 2020 Nov 3]. Br J Sports Med. 2020;bjsports-2020-102025. doi:10.1136/bjsports-2020-102025
- Wilkes JR, Walter AE, Chang AM, et al. Effects of sleep disturbance on functional and physiological outcomes in collegiate athletes: A scoping review. Sleep Med. 2021;81:8-19. doi:10.1016/j.sleep.2021.01.046




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