肩甲骨ジスキネジア scapular dyskinesisとは、胸郭に対する肩甲骨の運動の異常と肩甲骨のポジションの変化であると定義されます(Crellin et al., 2018)。
オーバーヘッドアスリートで大きな問題になることが多いですが、それ以外のアスリート、ひいては一般の人でも問題になることがあります。
インピンジメント症候群を含む肩の症候には高い確率で肩甲胸郭関節の運動不全が見られるという指摘もあるように(Warner et al., 1992)、我々はおそらく肩のリハビリテーションにおいて常に肩甲骨ジスキネジアの可能性を考える必要があります。
今回はそのような肩甲骨ジスキネジアについて、病態から評価、治療戦略までを概観していこうと思います。
肩甲骨ジスキネジアの病態
その概要
肩甲骨ジスキネジアは、Burkhartらによって提唱されたSICK Scapulaに包摂される概念であり(Burkhart et al., 2003)、現在ではほぼ同義に使われることも多いとされます(Gill et al., 2020)。
SICK Scapulaは、肩甲骨における異常なポジションと運動に関するアクロニムであり、次の状態を表します;
- Scapular malposition →肩甲骨の異常なポジション
- Inferior medial border prominence →肩甲骨下内側縁の突出
- Coracoid pain and malposition →烏口突起部の疼痛と異常なポジション
- dysKinesis of scapular movement →肩甲骨の運動不全
肩甲骨ジスキネジアはそれ単独では傷害=injuryではなく、また別の傷害と特異的に関連しているというわけでもありません(Kibler et al., 2014)。
あくまでこれはこのような肩甲骨のポジションと運動の変化だけを指していることになります。
肩甲骨ジスキネジアはそのパターンから以下のような3タイプに分類することができるとされます(Kibler et al., 2002)。
- type I : 内側縁下部の突出
- type II : 内側縁の突出
- type III : 内側縁上部の突出
肩甲骨ジスキネジア患者の運動学的特徴
肩甲上腕関節の屈曲や外転に伴う肩甲胸郭関節の運動は肩甲上腕リズムと呼ばれ、3次元的かつ回転と並進の両方を伴うと考えるべきであるとされます(Kibler et al., 2014)。
Ludewigらによる研究では、上腕の挙上に伴って肩甲骨は約30度の上方回旋と約10度の外旋、15度程度の外旋が生じるとされています(Ludewig et al., 1996)。
また、肩甲上腕関節の外転における運動学的な知見はNeumannによって非常に詳細に記載がされており、特に「第4の運動学的原則」として「肩甲上腕関節の完全に外転に伴って上方回旋する肩甲骨は、後傾およびわずかに外旋する」と記述されています(Neumann, 2017)。

外転や屈曲においてはこのような後傾・外旋のほかにも、上肢が使われる際にはわずかに内転(後退retract)して上腕骨を動かす筋に安定した起始部を提供する必要があります(Sahrmann, 2002; Kibler et al., 2018)。
このような複雑な運動が、肩甲骨ジスキネジアを有する患者ではどのように変化するのかという点について、例えばLopesらは健常者と比較して肩屈曲に伴う肩甲骨外旋角度の減少が認められたと報告しています(Lopes et al., 2015)。
また、Huangらは、ジスキネジア患者をさらに上記の3つのタイプに分け、肩甲面での挙上動作における肩甲骨のキネマティクスを調べています(Huang et al., 2015)。この結果を要約すると次のようになります。
- type Iの患者では、健常者に比べて肩甲骨後傾が少ない
- type IIおよびIIIの患者では、健常者に比べて肩甲骨の内旋角度が大きかった
- type III患者では、僧帽筋下部の筋活動が健常者に比べて小さい
- 前鋸筋の活動不全は全てのパターンのジスキネジア患者で見られる傾向にあったが、それは特に屈曲〜90度で顕著であった
このような知見を要約すると、肩甲骨ジスキネジアには①肩甲骨の後傾と外旋不全、②その誘因である僧帽筋下部や前鋸筋の機能不全などが関連しているといえます。
肩甲骨ジスキネジアの評価
Magee とManskeは、肩甲骨ジスキネジアを検査するためのテストについて8つ紹介しています(Magee & Manske, 2021)。
一方、それらのほとんどは妥当性や信頼性に関するエビデンスが不足しており、現在のコンセンサスとして推奨される方法はScapular Dyskinesis Test (SDT)と呼ばれるテストです(Kibler et al., 2013)。
そのほかにも、scapular assistance testや、scapular retraction testといったテストもあります。しかし一見した限りだと、成書の間でも実施手順やサポートの方法などがわずかに異なるのが気になります。
リコンディショニング戦略
Coolsらは、肩甲骨ジスキネジアに対するリハビリテーションのアルゴリズムを提唱しています(Cools et al., 2014)。

このアルゴリズムでは、肩甲骨ジスキネジアが軟部組織の柔軟性不全によって生じているのか、それとも筋のパフォーマンス不全によって生じているのかで介入の方向性が大別されています。
しかし実際はその両方が関連していると考えるべきかなとも思います。あくまでそれぞれの方向性でどのようなアプローチをすべきかの指標になるという印象です。
柔軟性不全に対するアプローチ
上記のアルゴリズムで挙げられている筋群のうち、特に小胸筋の柔軟性に対するアプローチは経験則的にも非常に重要になると感じています。
Sahrmannもまた、小胸筋の短縮が多くの臨床的な症候と関連していると指摘しており(Sahrmann, 2002)、Kiblerらも小胸筋の短縮によって肩甲骨の後傾・上方回旋・外旋が制限されるために肩甲骨ジスキネジアに影響すると指摘しています(Kibler et al., 2018)。
このような理由から、小胸筋の短縮についてはその評価法が提唱されています(Magee & Manske, 2021)。
もっともシンプルなのは、患者をベッド上に仰臥位にし、肩峰後縁とベッドの距離を測る方法ですね。この時に1インチ(約2.5cm)を超えていたら小胸筋の短縮があるとみなします。

ただし、この方法は少なくともLewisとValentineによる報告では特異度はほぼ0に近く、検査精度で問題があるとされるようです(Lewis & Valentine, 2007)。
また、特にオーバーヘッドアスリートであれば、肩甲骨ジスキネジアに伴って肩甲上腕関節の内旋不全(いわゆるGIRD; glenohumeral internal rotation deficit)が生じていないかを確認し、GIRDがあればそれに対してアプローチすることも必要かと考えます。
特に投球動作においては、GIRDの存在は肩甲骨の過剰な「巻き上げwing-up」を引き起こし、結果としてインピンジメントを誘発する可能性があり(Kibler et al., 2018)、また統計的に有意ではないもののオーバーヘッドアスリートにおいてGIRDと上肢傷害には関連性が見られるともされます(Keller et al., 2018)。
GIRDは以前は後部関節包のタイトネスによって生じると考えられてきましたが、現在では後部腱板もまたGIRDに寄与している可能性が示唆されており(Rose & Noonan, 2018)、その意味で後部関節包に加えて棘下筋・広背筋の柔軟性を改善することは重要であるといえます。
特に後部関節包に対するアプローチとしては、いわゆる「スリーパーストレッチ」や「クロスボディストレッチ」があります。
特にクロスボディストレッチについては、MineらによるシステマティックレビューでもGH関節後方のタイトネスを改善するのに有効であると結論づけられています(Mine et al., 2017)。
その他、上腕骨頭の背側(後方)へのグライドテクニックも有効ですね。あとはMWMとしても屈曲中間域での後外側グライド、屈曲最終域での後下方グライド、結帯肢位での下方グライドなど経験的に有効なテクニックは多くあります。
筋パフォーマンスに対するアプローチ
肩甲骨ジスキネジアへの介入においては、まず体幹と下肢帯に問題があればそちらにアプローチをし、次に肩甲骨の後傾・外旋・上方回旋をしっかり出せるようにすることが最初の目標であるとされます(Kibler et al., 2018)。
体幹や下肢帯の問題というのは、最たる例は胸椎の前弯がしっかり出るかですね。それ以外にも股関節の筋力なども考慮すべきであるとされます。
肩周囲の筋群については、特に僧帽筋上部に対する中・下部線維、前鋸筋などがキーマッスルになるとされます(Cools et al., 2014; Kibler et al., 2018)。
Kibler et al. (2008)で紹介されているエクササイズは、前鋸筋や僧帽筋下部の活性を伴うエクササイズとして早期から処方することができます。

図はKibler et al. (2008)による。
また、CamargoとNeumannによる2編のレビューは、それぞれ僧帽筋と前鋸筋に対する活性化をどのように誘導するかという点について運動学的に考察したものであり、様々な洞察を得ることができます(Neumann & Camargo, 2019; Camargo & Neumann, 2019)。
それぞれの筋の活性を改善するためのエクササイズ例についても出されているため、ぜひ読んでおくと良いと思います。
基本的には、単一筋の活性化のみではなく、実際の運動連鎖の中でこれらの筋を使えるようにする必要があるため、ある程度プログレッションできるようであれば座位や立位で体幹の動きと合わせてエクササイズを行うことが重要になります(Sciascia & Kibler, 2022)。
まとめ・後記・推奨文献など
肩甲骨ジスキネジアは体感的に、肩の痛みを訴える人ではほとんどの割合で見られるため、ある意味これに対する介入を知っておくことで、肩のリハビリテーションにおける普遍的なアプローチができるようになるのではないかと考えます。
(もちろんその上でそれぞれの病態に関連した特別なアプローチをする必要はありますが)
肩甲骨ジスキネジアについては本当に色々な文献・成書での記述があり、参考になります。
例えば成書であれば以下の書籍では”Scapular Dyskinesis”として項立てされており、リハビリテーションの例も紹介されています。
また、今回引用した以下の文献もレビュー文献として非常に参考になるので、ぜひ一読してみると良いと思います。
- Cools AMJ, Struyf F, De Mey K, et al. Br J Sports Med 2014;48: 692–697. doi: 10.1136/bjsports-2013-092148
- Sciascia A, Kibler WB. Int J Sports Phys Ther 2022;17(2): 117-130. doi: 10.26603/001c.31727
References
- Burkhart SS, Morgan CD, Kibler WB. The disabled throwing shoulder: spectrum of pathology Part III: The SICK scapula, scapular dyskinesis, the kinetic chain, and rehabilitation. Arthroscopy. 2003;19(6):641-661. doi:10.1016/s0749-8063(03)00389-x
- Camargo PR, Neumann DA. Kinesiologic considerations for targeting activation of scapulothoracic muscles – part 2: trapezius. Braz J Phys Ther. 2019;23(6):467-475. doi:10.1016/j.bjpt.2019.01.011
- Carnevale A, Schena E, Formica D, Massaroni C, Longo UG, Denaro V. Skin Strain Analysis of the Scapular Region and Wearables Design. Sensors (Basel). 2021;21(17):5761. Published 2021 Aug 26. doi:10.3390/s21175761
- Cools AM, Struyf F, De Mey K, Maenhout A, Castelein B, Cagnie B. Rehabilitation of scapular dyskinesis: from the office worker to the elite overhead athlete. Br J Sports Med. 2014;48(8):692-697. doi:10.1136/bjsports-2013-092148
- Crellin CT, Honig KM, McCarty EC, Bravman JT. Shoulder Injuries. In Madden CC, Putukian M, Young CC, McCarty EC, eds. Netter’s sports medicine. 2nd eds. Elsevier;2018
- Gill GK, Treme G, Richter D. Scapulothoracic Disorders. In Miller MD, Thompson SR, eds. DeLee, Drez, & Miller’s Orthopaedic sports medicine: principles and practice. 5th eds. Elsevier;2020
- Huang TS, Ou HL, Huang CY, Lin JJ. Specific kinematics and associated muscle activation in individuals with scapular dyskinesis. J Shoulder Elbow Surg. 2015;24(8):1227-1234. doi:10.1016/j.jse.2014.12.022
- Keller RA, De Giacomo AF, Neumann JA, Limpisvasti O, Tibone JE. Glenohumeral Internal Rotation Deficit and Risk of Upper Extremity Injury in Overhead Athletes: A Meta-Analysis and Systematic Review. Sports Health. 2018;10(2):125-132. doi:10.1177/1941738118756577
- Kibler WB, Uhl TL, Maddux JW, Brooks PV, Zeller B, McMullen J. Qualitative clinical evaluation of scapular dysfunction: a reliability study. J Shoulder Elbow Surg. 2002;11(6):550-556. doi:10.1067/mse.2002.126766
- Kibler WB, Sciascia AD, Uhl TL, Tambay N, Cunningham T. Electromyographic analysis of specific exercises for scapular control in early phases of shoulder rehabilitation. Am J Sports Med. 2008;36(9):1789-1798. doi:10.1177/0363546508316281
- Kibler WB, Ludewig PM, McClure PW, Michener LA, Bak K, Sciascia AD. Clinical implications of scapular dyskinesis in shoulder injury: the 2013 consensus statement from the ‘Scapular Summit’. Br J Sports Med. 2013;47(14):877-885. doi:10.1136/bjsports-2013-092425
- Kibler WB, Sciascia AD, Wilkes T. Disorders of the Scapula: Winging and Snapping. In Iannotti JP, Williams GR, eds. Disorders of the shoulder; diagnosis and management. vol.3. shoulder reconstruction. 3rd eds. Lippincott Williams & Wilkins; 2014
- Kibler WB, Sciascia A, McMullen J. Scapular Dyskinesis. In Gianmaria CE, Manske RC, eds. Clinical Orthopedic rehabilitation; a team approach. 4th ed. Elsevier;2018
- Lewis JS, Valentine RE. The pectoralis minor length test: a study of the intra-rater reliability and diagnostic accuracy in subjects with and without shoulder symptoms. BMC Musculoskelet Disord. 2007;8:64. Published 2007 Jul 9. doi:10.1186/1471-2474-8-64
- Lopes AD, Timmons MK, Grover M, Ciconelli RM, Michener LA. Visual scapular dyskinesis: kinematics and muscle activity alterations in patients with subacromial impingement syndrome. Arch Phys Med Rehabil. 2015;96(2):298-306. doi:10.1016/j.apmr.2014.09.029
- Ludewig PM, Cook TM, Nawoczenski DA. Three-dimensional scapular orientation and muscle activity at selected positions of humeral elevation. J Orthop Sports Phys Ther. 1996;24(2):57-65. doi:10.2519/jospt.1996.24.2.57
- Magee DJ, Manske RC. Orthopedic physical assessment. 7th eds. Elsevier;2021
- Mine K, Nakayama T, Milanese S, Grimmer K. Effectiveness of Stretching on Posterior Shoulder Tightness and Glenohumeral Internal-Rotation Deficit: A Systematic Review of Randomized Controlled Trials. J Sport Rehabil. 2017;26(4):294-305. doi:10.1123/jsr.2015-0172
- Neumann DA. Kinesiology of the musculoskeletal system: foundations for rehabilitation. 3rd eds. Elsevier;2017
- Neumann DA, Camargo PR. Kinesiologic considerations for targeting activation of scapulothoracic muscles – part 1: serratus anterior. Braz J Phys Ther. 2019;23(6):459-466. doi:10.1016/j.bjpt.2019.01.008
- Sahrmann S. Diagnosis and treatment of movement impairment syndromes. Mosby;2002
- Sciascia A, Kibler WB. Current Views of Scapular Dyskinesis and its Possible Clinical Relevance. Int J Sports Phys Ther. 2022;17(2):117-130. Published 2022 Feb 2. doi:10.26603/001c.31727
- Warner JJ, Micheli LJ, Arslanian LE, Kennedy J, Kennedy R. Scapulothoracic motion in normal shoulders and shoulders with glenohumeral instability and impingement syndrome. A study using Moiré topographic analysis. Clin Orthop Relat Res. 1992;(285):191-199.




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