脳振盪がよく生じる競技では、競技団体によって段階的競技復帰(GRTP)プロコトルが決定されていることもあり、その通りにリハビリを行って競技に復帰させることが多い印象があります。
一方で他の傷害に関しては選手の状態に合わせて個別性を重視したリハビリテーションが行われていて、そうなるとなんで脳振盪後のリハビリテーションにおいては画一的なアプローチしかしないんだ?という考えに至るんですよね。
今回はその視点に立って、脳振盪後リハにおけるキーポイントのひとつである前庭系に対する介入を確認したいと思います。
【今回の目標】
・スポーツ関連脳振盪と前庭機能障害の関係性を理解出来る
・スポーツ関連脳振盪に対する前庭リハのエクササイズとその処方を実践出来る
前庭系とは何か?
構造的特徴
特殊感覚のうち、特に平衡覚を司る器官系をまとめて前庭系vestibular systemと呼びます。
内耳にある半規管と前庭(球形嚢・卵形囊)によって頭部の回転(ないしは直線)加速度が受容され、それに対して網膜に映る像が一定になるように眼球の動きを調整したり、あるいはバランスをとるために四肢や体幹の筋群の緊張を調整したりといった役割を果たします。

半規管や前庭での感覚受容のプロセスなどについては適当な生理学の教科書を開けば書いてあると思いますので、そちらを参照してもらえると良いと思います。
余談ですが、この点に関する説明としては『標準生理学』がわかりやすかったですね。『コスタンゾ』にある半規管の興奮・抑制の図はわかりやすかったです。
前庭が関与する反射
前庭系からの情報は脊髄を介しての四肢や頸部筋の緊張調節や眼球運動の調節に関与します。
前庭が関与する反射の代表例としては前庭動眼反射vetibulo-ocular reflexがあげられますね。
これは頭部の回転に対して眼球の方向を維持できるように外眼筋の緊張を調整する反射になります。

その時、前庭からのシグナルによって右外側直筋と左内側直筋を緊張させ、逆に右内側直筋と左外側直筋を弛緩させることで眼球の右方向への回転運動を作り出しています。
バランスを保とうとしたとき、開眼状態よりも閉眼している方が難しいというのは実際にやってみれば明らかですが、眼球による視覚情報は平衡覚の保持に重要な役割を果たしており、それゆえにバランス機能の観点から視覚系-前庭系のつながりは重要になります。
スポーツ脳振盪と前庭系
脳振盪受傷後の前庭機能障害
脳振盪後にはさまざまな症状が生じることが明らかになっています。
Langdon et al. (2020)ではスポーツ脳振盪(sport-related concussion)によって誘発される症状は5つのクラスターに分けられ、そしてそれらが臨床的な転帰とも関連していると指摘されています。
この5つのタイプは次の通りです。
・片頭痛クラスター(Migraine)
・認知-情動クラスター(Cognitive-emotional)
・睡眠-情動クラスター(Sleep-emotional)
・神経的クラスター(Neurological)
・未定義の情動クラスター(Undefined feelings)
特に前庭系の機能障害と考えられるようなバランス障害、前庭動眼運動のスクリーニング検査(VOMS; vestibulo-oculomotor screening)での異常は複数のクラスターにまたがって認められています。
スポーツ脳振盪後のリハビリに関するコンセンサス
2017年に発表されたスポーツによる脳振盪に関するコンセンサスステートメントでは、リハビリテーションとしての前庭系への介入に対しても言及されています(McCrory et al., 2017)。
The data support interventions including psychological, cervical and vestibular rehabilitation.
McCrory et al. (2017)より
(データによれば、心理学的、頸椎および前庭系のリハビリテーションを含む介入は支持されている。)
一方、2017年のMurrayらによるシステマティックレビューでは、症状が持続している場合に前庭リハは有効になる可能性があるものの、エビデンスレベルとしては低いと指摘されています(Murray et al., 2017)。
脳振盪受傷後の活動への復帰(return to sport/work)に対する前庭リハの有効性は1件のRCTで示されていますが、そこでは頸椎の理学療法と組み合わされて処方されている点に注意する必要があります。
また、このシステマティックレビューはスポーツ脳振盪に限定されたものではない点も注意が必要です。
スポーツ脳振盪に対する前庭リハビリテーション
現在のエビデンス
2022年に発表されたメタ分析では、脳振盪に対する前庭リハの効果について、特にめまいの改善という点では非常に有効である可能性が示されています(Galeno et al., 2022)。
また、このメタ分析に含まれた2件の研究ではいずれも競技復帰に要する時間を短縮したことが示されています。
Wilberらによるレビューでは、前庭および眼球運動障害が3〜4週間持続する場合は脳振盪の治療経験のある前庭を専門とする理学療法士、または視覚を専門とする療法士(通常は作業療法士)に紹介すべきとされます(Wilber et al., 2021)。
しかし、明らかな頸部障害が残存している場合は動的な前庭検査や治療を行うべきではないともされます。
このようなリハビリテーションはどのタイミングで導入するのが良いかという問題もあり、研究間によってもその点は一致していません。
Ahuluwaliaらによるpilot studyではこの点について、受傷後30日以内に前庭リハを取り入れる事でより早い競技復帰や症状解消と関連していることが示されています(Ahluwalia et al., 2021)。
前庭リハとしてのエクササイズ処方の実際
Alsalaheen et al. (2013)では、脳振盪と診断された患者に対するホームエクササイズの処方パターンが示されています。
これによると、eye-hand coordinationに関するエクササイズは患者の約95%に処方されており、次点で立位保持、歩行訓練が多かったとされています。
eye-hand coordinationのエクササイズとしては VOR x1、VOR x2と呼ばれるものがあります。下はVOR x1の紹介になります。
また、日本めまい平衡医学会は平衡訓練/前庭リハビリテーションに関する基準を提案しており、そちらで紹介されている訓練方法も参考になります(北原ら、2021)。

まとめ
脳振盪後のリハビリテーションとしての前庭リハビリテーションは、特に症状が持続している場合に有効である可能性があります。
一方で、その処方のパターンなどについては少なくとも文献レベルでは明らかになっておらず、医師や専門の療法士に紹介することでより安全かつ効率的に選手の機能を改善することにつながると思われます。
スポーツ現場に携わるトレーニング指導者としては、このような選択肢があることを知っておくだけでも、専門家に紹介することができるという意味で有効であると思いますね。
参考文献
- Ahluwalia R, Miller S, Dawoud FM, et al. A Pilot Study Evaluating the Timing of Vestibular Therapy After Sport-Related Concussion: Is Earlier Better?. Sports Health. 2021;13(6):573-579. doi:10.1177/1941738121998687
- Alsalaheen BA, Whitney SL, Mucha A, Morris LO, Furman JM, Sparto PJ. Exercise prescription patterns in patients treated with vestibular rehabilitation after concussion. Physiother Res Int. 2013;18(2):100-108. doi:10.1002/pri.1532
- Galeno E, Pullano E, Mourad F, Galeoto G, Frontani F. Effectiveness of Vestibular Rehabilitation after Concussion: A Systematic Review of Randomised Controlled Trial. Healthcare (Basel). 2022;11(1):90. Published 2022 Dec 28. doi:10.3390/healthcare11010090
- Langdon S, Königs M, Adang EAMC, Goedhart E, Oosterlaan J. Subtypes of Sport-Related Concussion: a Systematic Review and Meta-cluster Analysis. Sports Med. 2020;50(10):1829-1842. doi:10.1007/s40279-020-01321-9
- McCrory P, Meeuwisse W, Dvořák J, et al. Consensus statement on concussion in sport-the 5th international conference on concussion in sport held in Berlin, October 2016. Br J Sports Med. 2017;51(11):838-847. doi:10.1136/bjsports-2017-097699
- Murray DA, Meldrum D, Lennon O. Can vestibular rehabilitation exercises help patients with concussion? A systematic review of efficacy, prescription and progression patterns. Br J Sports Med. 2017;51(5):442-451. doi:10.1136/bjsports-2016-096081
- Wilber CG, Leddy JJ, Bezherano I, et al. Rehabilitation of Concussion and Persistent Postconcussive Symptoms. Semin Neurol. 2021;41(2):124-131. doi:10.1055/s-0041-1725134
- 北原糺, 肥塚泉, 堀井新ら. 平衡訓練/前庭リハビリテーションの基準:2021年改訂. Equil Res. 2021;80(6): 591-599. doi:10.3757/jser.80.591



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