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行動変容ホイールとは何か?リハビリの現場でどう使うか?

リハビリテーション

「ホームエクササイズを全然やってこない患者さんにどう対応したらいいか」という話は、理学療法士やトレーナーとして働く人なら一度は経験したことがあると思います。

そしてそういった場面で「やる気がないから仕方ない」「その患者さんのモチベーションの問題だ」と結論づけて終わってしまう、というのもよくあることではないでしょうか。

しかし、本当に「やる気の問題」だけなのでしょうか?


行動変容に関する研究が進んでいる中で、患者が行動しない理由が「モチベーションの欠如」として一括りにされてしまうことの問題が指摘されています。

今回は、Michie らが2011年に提唱したBehaviour Change Wheel(BCW)というフレームワークを紹介しながら、この問題についての視点を整理してみようと思います。

Michie S, van Stralen MM, West R. The behaviour change wheel: A new method for characterising and designing behaviour change interventions. Implementation Science. 2011;6:42.

PubMed Link


なぜフレームワークが必要なのか?

行動変容の介入設計に関するフレームワークは、Michie らのレビューが発表された時点ですでに19種類が確認されていたといいます。

ここで,これらのフレームワークについて次の点でいずれも問題があったと指摘されます。

  1. Comprehensiveness(包括性):あらゆる介入に適用できるほど広くない
  2. Coherence(一貫性):異なる種類の概念(例えば「行動の決定要因」と「介入の種類」)が同じ階層に混在している
  3. Links to an overarching model of behaviour(行動モデルとの接続):介入カテゴリが行動の理論モデルと結びついていない

BCW はこの問題を解決するために、まず行動を分析し、そこから介入を選ぶというプロセスを系統的に設計しました。


BCWの全体構造:3層のホイール

BCW は以下の3層から成るホイール状のフレームワークです。

  • 中心:COM-B system(行動が生じる条件の分析モデル)
  • 中間層:9つの intervention functions(介入が果たす機能)
  • 外側:7つの policy categories(介入を支える政策・制度の枠組み)
Behaviour Change Wheelの全体像。図はMichie et al. (2011)より。

この構造の強みは、

行動はなぜ生じるか(COM-B)?
介入は何をするか(intervention functions)?
それを何が支えるか(policy categories)?

という3つの問いに対して、それぞれ別のレイヤーで答えている点にあります。

全部を同じ表に並べてしまうフレームワークとは異なり、異なる種類の概念を別々の層として整理することで 上述したようなCoherence が保たれているわけです。


COM-B systemはヒトの行動の成立要件

BCW の中心にはCOM-Bと呼ばれる要素が並べられています。
これは、行動(Behaviour)が生じるには以下の3要素が必要であるという考え方です。

  • Capability(能力):行動を実行するための身体的・心理的な capacity。知識やスキルを含む
  • Opportunity(機会):個人の外側にあり、行動を可能にする・促す要因
  • Motivation(動機):行動を方向づける脳内プロセス全般。意識的な意思決定だけでなく、習慣や情動反応も含む

そして、これらはさらに以下のように細分化されます。

大区分下位区分
CapabilityPhysical capability, Psychological capability
OpportunityPhysical opportunity, Social opportunity
MotivationReflective motivation, Automatic motivation

例えば,ダイエットのためにある運動をしようとした時に、やり方を理解していることはpsychological capabilityがあるということを意味し、一方でその運動をすると膝が痛いという事実はphysical capabilityとして解釈されます。

MotivationにおけるReflective/Automaticの違いは?

特に Motivation の下位区分は臨床的に重要です。

  • Reflective motivation(内省的動機):意識的に評価し、計画し、選択する側面
  • Automatic motivation(自動的動機):習慣、情動反応、衝動、条件づけによって行動が方向づけられる側面

例えば、「ストレッチが大切なのはわかっている。でも帰宅すると結局やらないで終わる」という患者を考えてみましょう。

この場合、理解はある(Reflective motivation は問題ない)のに行動が起きないというのは、automatic motivation の問題として捉えるのが適切かもしれません。
「わかっていてもできない」を「モチベーションがない」で片づけるのではなく、この区別から介入の入口が見えてきます。


9つの Intervention Functions:何をするか

COM-B で行動の問題を分析したあと、次のステップとしてどのような介入を行うかを考えるための枠組みが 9 つの intervention functions です。

#名称概要
1Education知識・理解を増やす
2Persuasion感情に働きかけ、行動を喚起する
3Incentivisation報酬の期待をつくる
4Coercion罰・コストの期待をつくる
5Trainingスキルを与える
6Restrictionルールで競合行動を減らす
7Environmental restructuring物理的・社会的環境を変える
8Modelling模倣・憧れを生む手本を示す
9Enablement手段を増やし、障壁を下げる

一見するとこれらは単なるリストですが、BCW の重要な点は「この9つの中から何となく選ぶ」ではなく、COM-B の分析結果と照合しながら選ぶという点にあります。

Michie らはこの対応関係を Table 2 として整理しています。
これをそのまま引用すると次のようになります。

COM-B構成要素EducationPersuasionIncentivisationCoercionTrainingRestrictionEnvironmental restructuringModellingEnablement
Physical capability
Psychological capability
Reflective motivation
Automatic motivation
Physical opportunity
Social opportunity

例を挙げてこの表の使い方を説明すると,

  • Psychological capability を変えたいなら → Education や Training
  • Reflective motivation に働きかけたいなら → Education, Persuasion, Incentivisation, Coercion
  • Automatic motivation に働きかけたいなら → Environmental restructuring や Modelling
  • Physical opportunity を変えたいなら → Restriction や Environmental restructuring、Enablement

といった形で候補を絞り込むことができます。

Education と Persuasion の違い

個人的によくわからんかった Education と Persuasion の違いについて少し掘り下げておきます。

  • Education:「何が起きているか」「なぜそれが重要か」を理解させる → 知識・理解が主眼
  • Persuasion:行動したくなるフレーミングや意味づけ、感情的な文脈を与える → 行動喚起が主眼

例えば、腰痛の患者に「座り続けることの弊害」を説明することは Education ですが、「立って作業することで仕事中の集中力が上がった人が多いですよ」という形で伝えるのは Persuasion に近くなる……という感じでしょうか。

どちらが悪いわけではなく、COM-B 分析の結果に応じて使い分けることが重要です。


実際にどう使うか

BCW の使い方を流れとして示すと、次のようになります。

  1. 行動変容目標を定める(例:「仕事中の長時間連続座位を減らす」)
  2. COM-B で対象行動を分析する(どの要素が問題かを仮説立て)
  3. どの COM-B 要素を変える必要があるかを特定する
  4. Intervention functions を候補化する
  5. 具体的な介入内容を選ぶ
  6. 必要に応じ制度・サービス設計の面を考える

具体例:デスクワーク中心の腰痛患者

例として、「仕事中の長時間連続座位を減らしたい」という腰痛患者(デスクワーカー)を考えてみます。

COM-B の各要素について仮説を立ててみると、こうなるかもしれません。

  • Psychological capability:長時間座位の影響や、posture variationの意義を理解していない
  • Physical capability:立ち上がりや立位保持に痛みがある
  • Physical opportunity:昇降デスクがない、立てるスペースがない
  • Social opportunity:職場で席を立ちにくい雰囲気がある
  • Reflective motivation:大事とはわかっているが、優先順位が低い
  • Automatic motivation:気づいたらずっと座っている(習慣化している)

これだけ見ると、なんで座り続けてしまうのかという問題について、「やる気がない」だけでなく複数の要因が複合的に絡んでいることがわかります。

これに対応する intervention functions は以下のようになります。

COM-B の問題選びうる intervention function
Psychological capability の不足Education(座位継続のリスク説明)
Reflective motivation の低さPersuasion(立つことのメリットを伝える)
Physical capability の制限Training(立位保持・立ち上がり動作練習)
Physical opportunity の欠如Environmental restructuring(デスク環境の整備)
Automatic motivation の問題Environmental restructuring(リマインダー設定)、Modelling
Social opportunity の問題Enablement(職場環境の調整支援)

「この患者には教育と運動指導」で終わらず、機会や習慣の側面まで介入の視野に入れられるようになるわけですね。


Policy categoriesについて

BCW にはCOM-Bベースで考えられるIntervention categoriesに加えて、intervention functions × policy categoriesも用意されています。

Policy categories には以下の7種類があります。

  • Communication/marketing
  • Guidelines
  • Fiscal
  • Regulation
  • Legislation
  • Environmental/social planning
  • Service provision

Table 3 は、個人の患者への1対1の介入よりも、外来全体の運用設計や組織的実装、あるいは職場や地域単位での行動変容支援を考える場面で特に有用です。

例えば「全患者に対してセルフエクササイズに関する標準的な支援フローを整備する」ということを考える際、単なる配布物の作成ではなく、どの intervention function を組み込んだサービス設計をするかという観点から検討できます。

臨床家個人として使いこなすには少しハードルが高い部分ではありますが、外来やチームの仕組みを考える立場になった際には役に立つ視点だと感じます。


私見

正直なところ、このフレームワークを初めて知ったとき、「臨床でわざわざここまでやるか?」という感想が先に来ました。

ただ、こうして COM-B の構造を意識するようになると、患者に行動変容が起きないときの「なぜ?」という問いの立て方が変わるというのは確かだと感じます。

特に自分が重要だと思ったのは、automatic motivation と reflective motivation の区別です。

「必要性はわかっているけど行動が変わらない」というのは clinical で頻繁に遭遇するシナリオですが、これを「やる気の問題」で終わらせると、習慣や環境といった automatic motivation や opportunity の要素への介入が丸ごと抜け落ちます。

BCW は「先に介入を選ぶのではなく、まず行動を分析する」というプロセスを徹底していて、その順番の大切さはこのフレームワーク抜きでも覚えておくと良いように思います。

もちろん、BCW 自体も限界を持つフレームワークです。著者らも、「包括的で信頼性があっても、必ずしも使いやすいわけではない」と認めています。実際、外来の限られた時間でこの分析フローを丁寧に踏むのは容易ではないでしょう。

それでも、「なぜ行動が起きないのか?」という問いに対して、もう少し手がかりのある地図を持てるというのは、臨床家として持っていて損はない視点ではないかと感じています。


ちょうど,行動変容ホイールについて原典の訳本が今年(2026)の春先に出版されています。
自分も今これを定期的に読み返しています。

行動変容ホイール: 健康問題への介入をデザインするためのBCW フレームワーク
行動変容ホイール: 健康問題への介入をデザインするためのBCW フレームワーク

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