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#15 歩行と呼吸はどのようにシンクロするのか?

トピックレビュー

実践に劇的に役立つ内容ではないと思いますが、個人的にめちゃくちゃ面白い内容だったのでちょっとまとめてみます。

歩行と呼吸の同調:Locomotor-Respiratory Coupling

我々は一日何千歩と歩きますが、その間常に呼吸をしています。
その時の呼吸は決して無秩序なペースで行われているわけではなく、歩行のリズムに同調するように行われていることが、ヒトを含む多くの動物について示唆されています(Stickford & Stickford, 2014)。

これは歩行だとイメージしづらいかもですが、ランニングを想像してみれば分かるかなーと思います。
吸って吐いてはある程度ランニングのリズムとシンクロするように行いますよね。

ランニングだと疲労によってそのシンクロが乱れることがありますが、歩行では意識せずとも全く無秩序に行われているわけではないようです。このような歩行と呼吸の間の協調はlocomotor-respiratory coupling[coordination]; LRCと呼ばれています。

ヒトのランニングを対象とした研究では、LRCによって呼吸筋作用の効率を高めることでエネルギー消費を効率化する可能性が示唆されており(Daley et al., 2013)、ランニングのパフォーマンスを高めるための”Breath Tools”のひとつとなり得るかもしれません(Harbour et al., 2022)。

では、そのようなLRCはどのように生成されるのでしょうか?Juvinらによるreviewは本文約6ページと非常に短いものですが、哺乳類におけるLRCのメカニズムについて明快に解説しています(Juvin et al., 2022)。今回はその内容を中心にしつつ、歩行と呼吸のシンクロのメカニズムを掘り下げてみます。

PubMed Link

以下、特に注がない記述については上のreviewに基づく情報です。

LRCのメカニズム:バイオメカニクス的要因

↑のreviewではLRCを誘発するメカニズムのうち、力学的な要因として以下の3つを挙げています。

  1. 内臓ピストン理論“visceral piston” theory
    ……歩行に伴う内臓の動きが物理的に横隔膜の動きに影響を与えるという理論
  2. ground contactによる胸郭容積と内圧変化
    ……接地による衝撃が胸郭に及ぶことで胸腔容積が急激に減少し、内圧が高まることで呼気が誘発される
  3. 腰椎-骨盤部の屈伸に伴う胸-腹腔容積と内圧変化
    ……腰椎骨盤部の動きによって(内臓の動きを伴って)胸腹腔の容積が変化して呼吸が誘発される

これらは部分的にはヒトでも生じる可能性が指摘されているものの(Daley et al., 2013)、これらはおもにLRC=1:1(1歩につき1呼吸)を起こすメカニズムとして説明されるものであり、それ以外のカップリングについては説明ができないとされています(Juvin et al., 2022)。

四足動物において呼気フローに影響を及ぼす力学的因子について概観した図。
例えばカンガルー類では後肢によるホッピングが主な移動動作になるが、このような動物では着地時に減速すると慣性によって内臓が頭側押し出され、横隔膜が挙上して呼気が誘発される。離地中の加速相ではその逆が生じる。
図はBoggs(2002)による。

神経的メカニズム

ヒトにおいては様々なLRCの比率が生成できるため、上述したバイオメカニクス的要因だけでは全てを説明することができず、むしろ特に運動時のLRC制御には神経的な要因が大きいと考えられています。

これまでの実験によれば、歩行のCPGは呼吸CPGを直接的に調節することができることが知られており、これがLRCの構成に関与していると考えられています。

歩行のCPGについて

LRCの話をする前に、少し歩行のCPGについて。
この辺の話はかなり成書でもまとめられていますが、個人的には以下の本が非常に詳細に記述されていて良いと思います。

まず、CPGというのは中枢パターン生成器と呼ばれ、特に歩行の文脈では「脳や動作に起因するフィードバックによらずに歩行を生成しうる筋活動を作り出すことができる脊髄の神経回路」と定義されています(Minassian et al., 2017)。

前述したように、哺乳類において歩行のCPGは脊髄に存在していることが明らかになっています。
歩行では肢の屈曲・伸展が交互に(すなわち相反的に)起こるわけですから、スイッチを切り換えるように屈筋支配の運動ニューロンと伸筋支配の運動ニューロンが交互の発火しなければいけません。
このスイッチのような切り替わりは、複雑な神経回路によって構成されており、これらはひとまとまりのCPGとして構成されています。

この図は屈伸筋群および左右の相反的な筋活動を構成する脊髄レベルでの神経ネットワークを表している。例えば一側に注目すると、屈伸筋群の相反的な筋活動は各筋のIa線維やRenshow細胞(反回抑制に作用するニューロン)が互いに抑制し合うことで構成されている。
左右も同様に、左のリズム生成モジュール(上図left RG)が活動すると、対側に接続している抑制性介在ニューロンを通じて右のリズム生成モジュールが抑制される。
図はRybak et al. (2015)による。

一側での屈伸および左右での相反的な活動を生成するためには脊髄レベルに存在するCPGで十分であるものの、これらのCPGの活動をスタートさせる神経回路はより上位の中枢である中脳に存在すると考えられています。
その主要な領域は中脳歩行誘発野(mesencephalic locomotor region; MLR)であり、これら上位中枢は歩き始めやスピードの調節、歩行のプランニング(障害物の回避など)に寄与していると考えられています。

肢からの求心性シグナルは呼吸のCPGの活性に関与する

肢の求心性シグナルはpreBötzinger complexを通じて呼吸のCPGを活性化する可能性がある。
図はJuvin et al. (2022)による。

呼吸のCPGは主に延髄にあり、特に延髄腹側に存在するpreBötzinger complexという部位が重要な役割を果たしていることが明らかになっています(Smith et al., 1991)。
このような呼吸のCPGは、主に2つの神経回路によって歩行によって調節がなされているとされます。

まず1つめに、歩行に伴って賦活する肢の感覚受容器からの情報が傍小脳脚核parabrachial nucleiの構成要素であるKölliker-Fuse核を興奮させ、それが呼吸のCPGを生成するという経路が挙げられます。
実際にいくつかの研究では脊髄後根に電気刺激を加えるとLRCが1:1にリセットされることも明らかになっており、このような作用は特にIII・IV群線維で明らかになっているようです。

それに加えて、肢からの情報はGABA作動性ニューロンを介して吸気を誘発するとも考えられています。

歩行CPGの構成要素は直接的に呼吸CPGを調節する

歩行のCPGに関連するネットワークは直接的に呼吸のCPGにも作用する。
図はJuvin et al. (2022)による。

また、歩行のCPGに関するネットワークが直接的に呼吸のCPGにも影響を与える可能性も考えられています。

例えばMLRは網様体経由で歩行のCPGを誘発するだけでなく、呼吸のCPGにも直接的に投射しているとされます。
さらに、歩行のCPGはサブスタンスPの放出を通じてpFRG(parafacial respiratory group; 傍顔面神経呼吸ニューロングループ)に影響する遠心性コピーを投射しているともされ、すなわち歩行のCPGが作用すると呼吸のCPGにもシグナルが通るというわけです。

歩行に伴う腹壁筋群のシンクロ

さらに興味深いのは、歩行のCPGは呼吸のCPGに作用する以外にも、呼気筋の活動も誘発する可能性が示唆されています。これは特に腹壁筋群で顕著であり、一方の吸気筋群(横隔膜など)には作用しないようです。

腹壁の筋群は呼気以外にも様々な側面で関与しており、特に歩行では呼吸・体幹部の3次元的な運動・腰椎骨盤部の安定化という3つの機能を果たしているとされます(Hu et al., 2012)。
これらの筋群の活動は基本的に四肢の筋群の活動が始まる前に生じていることが明らかになっていますが(Hodges & Richardson, 1997)、そのような活動は歩行のCPGの賦活と同調するように生じているのではないか、というわけです。

異なる歩行速度(左から2.2, 3.8, 5.4km/h)で歩行した時、腹壁の筋群(それぞれ内側から腹横筋、内腹斜筋、外腹斜筋)がどのタイミングでどの程度活動しているかを示した図。
この図からは歩行速度にかかわらず腹横筋・内腹斜筋が初期接地(heel contact)のタイミングに若干先立つように活動していることが見て取れる。
図はHu et al. (2012)による。

上の図から考えられるように、特に腹横筋や内腹斜筋といった「インナーマッスル」は踵接地の直前から活動が増大するようであり、これはハムストリングや大殿筋といった股関節伸筋群の求心性収縮と大腿四頭筋と前脛骨筋の遠心性収縮が生じるタイミングに該当します(Simoneau, Heiderscheit, 2017; Lacquaniti et al., 2012)。

歩行の各相における筋群の活動とエネルギー動態を示した図。図はLacquaniti et al. (2012)による。

先ほど四肢からの求心性のフィードバックが吸息を誘発することを指摘しましたが、これと合わせると歩行と呼吸のサイクルが非常に上手く調節されていると感じますね。

まとめ

ということで、今回は歩行と呼吸がどのように同調するか、という話をしました。
このような話は専門的で少し難しいですが、特にマラソンランナーのようなアスリートの呼吸を指導するときには必要な知識になるようです(これについての詳細はHarbour et al (2022)で記述されています)。

歩行と呼吸、奥深い……

References

  • Boggs DF. Interactions between locomotion and ventilation in tetrapods. Comp Biochem Physiol A Mol Integr Physiol. 2002;133(2):269-288. doi:10.1016/s1095-6433(02)00160-5
  • Daley MA, Bramble DM, Carrier DR. Impact loading and locomotor-respiratory coordination significantly influence breathing dynamics in running humans. PLoS One. 2013;8(8):e70752. Published 2013 Aug 12. doi:10.1371/journal.pone.0070752
  • Harbour E, Stöggl T, Schwameder H, Finkenzeller T. Breath Tools: A Synthesis of Evidence-Based Breathing Strategies to Enhance Human Running. Front Physiol. 2022;13:813243. Published 2022 Mar 17. doi:10.3389/fphys.2022.813243
  • Hu H, Meijer OG, Hodges PW, et al. Control of the lateral abdominal muscles during walking. Hum Mov Sci. 2012;31(4):880-896. doi:10.1016/j.humov.2011.09.002
  • Juvin L, Colnot E, Barrière G, Thoby-Brisson M, Morin D. Neurogenic mechanisms for locomotor-respiratory coordination in mammals. Front Neuroanat. 2022;16:953746. Published 2022 Jul 28. doi:10.3389/fnana.2022.953746
  • Minassian K, Hofstoetter US, Dzeladini F, Guertin PA, Ijspeert A. The Human Central Pattern Generator for Locomotion: Does It Exist and Contribute to Walking?. Neuroscientist. 2017;23(6):649-663. doi:10.1177/1073858417699790
  • Rybak IA, Dougherty KJ, Shevtsova NA. Organization of the Mammalian Locomotor CPG: Review of Computational Model and Circuit Architectures Based on Genetically Identified Spinal Interneurons(1,2,3). eNeuro. 2015;2(5):ENEURO.0069-15.2015. Published 2015 Sep 22. doi:10.1523/ENEURO.0069-15.2015
  • Simoneau G, Heiderscheit B. Kinesiology of Walking. In: Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation. third edition. Elsevier; 2017.
  • Smith JC, Ellenberger HH, Ballanyi K, Richter DW, Feldman JL. Pre-Bötzinger complex: a brainstem region that may generate respiratory rhythm in mammals. Science. 1991;254(5032):726-729. doi:10.1126/science.1683005
  • Stickford ASL, Stickford JL. Ventilation and Locomotion in Humans: Mechanisms, Implications, and Perturbations to the Coupling of These Two Rhythms. Springer Science Reviews. 2014;2(1):95-118. doi:10.1007/s40362-014-0020-4

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